インタビュー「ピアノとわたし」(4)

山岸覚先生

プロフィール

山岸覚の写真

浜松医科大学 光尖端医学教育研究センター フォトニクス医学研究部 光神経解剖学講座 教授。浜松医科大学ピアノ同好会顧問。

インタビュー

―先生は、「浜松医科大学ピアノ同好会」の顧問を務めていらっしゃいますね。

はい、浜松医科大学での実習を担当していまして、学生と長い時間を過ごすものですから、色々話す機会もありまして。現3年生で、昨年(2022年)同好会を立ち上げた学生から声をかけてもらいました。

―3月に、「浜松医科大学ピアノ同好会スプリング・コンサート」を拝聴しました。医学の勉強で忙しいでしょうに、皆さんよく弾いていらっしゃって驚きました。先生は、ギターとピアノで出演なさっていましたね。コンサートは先生のギター独奏からか始まったのでしたね。山下和仁編曲の『展覧会の絵』の「プロムナード」を演奏なさいました。ギターのことに詳しくない私でも、とにかく難曲だということは聞いていましたので、それを鮮やかに弾かれたので度肝を抜かれました。ピアノではピアソラをこれまた歯切れ良く弾かれていました。お忙しい中、両方の楽器を演奏なさるというのは凄いですね。

ギターは大学入学以来ずっとやっていまして、実はマエストロ山下和仁氏ご本人の前で弾いたことがあります。お弟子さんを取られない方なのですが、コロナ禍で交流が少なくなったのを気にされて、2021年に山下和仁氏の前で弾く会「Creative meeting with Kazuhito Yamashita」というのを企画されました。オーディションとしては30分の演奏動画と山下和仁氏の演奏についてのコメントを送り審査されました。応募してみたらその4人の中に入ったのです。

―そうなんですか!まず、30分のレパートリーを用意するだけでも大変ですね。そして4人の中に選ばれたというのも見事ですね。

ギターを弾く山岸先生(提供:株式会社ミュージック・ステーション)

ギターを弾く山岸先生(提供:株式会社ミュージック・ステーション)

演奏家として活躍されている方や、演奏家を目指している中学生の名手などもいました。なぜかそこに入りまして(笑)。翌年(2022年)は山下和仁さんとのコンサートがあり、それに出演しまして、私はマエストロ山下和仁氏の前座を務めたということになります(笑)。

―それは相当ですね。そこまでギターに打ち込んでいらっしゃるのに、さらにピアノを始められたというのは、どういう経緯なのでしょうか?

実は、ギターのレパートリーにアストル・ピアソラの曲があり、好んで聴いたり弾いたりしていました。実は、ピアソラのピアノ編曲を多く手がけておられる山本京子先生と懇意にさせて頂いていまして、山本京子先生の主宰されたピアノの発表会に、私も何回かギター演奏で出演しておりました。皆さんのピアノのレベルは大変高くて刺激を受けて、私もピアノを弾いてみたくなったのてす。当時私は小学校のPTA会長を務めまして、随分と忙しかったのですが、子供が中学校に上がって役目を終えてから、急にぽかんと時間が空いたんです。それでピアノを始めることにしました。ピアノ選びでは各地の楽器店を回って100台くらいは試弾したと思います。そしてKAWAIのK700というアップライトの最上位機種に決めました。

―40代になってからピアノを始める場合、どんな教本から始めるのでしょうか?

大人の初心者向けのピアノ教本というのがあって、まずそういうのを3冊くらい与えられました。

―ギターを弾かれるので、譜面を見るのは難しくないでしょうけれど、指や腕の使い方にはすぐに慣れることはできましたか?

それが、ギターはト音記号だけなので、へ音記号が全然ダメで混乱しました。楽譜2段というのも難しかったです。今でも難しいです。それに指番号はギターだと4番までしかありません。ピアノは5番まであり、小指はギターだと4番、ピアノだと5番というわけで、これも大変混乱しました。それに、私は割と右手の爪が長くて、これはギター演奏の為なのですが、ピアノの場合爪が長いと邪魔になるんですよ。また、ギターは手を裏返して押弦しますので使う腕の筋肉も違いますし、なかなか難しかったです。ピアノ始めてまず、「トロイメライ」は絶対弾きたいと思いました。この曲はコンサートで聴いて心に響くものがあったからです。それでレッスンに通い始めて1年くらいしたところでこの曲を弾きました。レッスン3年目で今度はドビュッシーの「月の光」を弾きました。とても難しく、絶対に無理だと思ったのですが、先生に勧められて。

ピアノを弾く山岸先生

ピアノを弾く山岸先生

―素晴らしいですね。ごく普通のお子さんだと、5歳くらいでレッスンを始めたとして、「月の光」まで弾けるようになるのは7〜8年はかかるのではないでしょうか。
先生は、6年半、ミュンヘンのマックス・プランク研究所に在籍なさっていたのですね。ミュンヘンでもギターは続けていらっしゃったのですか?

はい、ちょうど子供が産まれて半年で渡欧しました。子育ても大変な時期でした。ミュンヘンに来て3年目くらい、子供が保育園に入った頃から、ギターのレッスンに通いました。最初はミュンヘン在住の日本人ギタリスト加藤政幸氏に。その先生が帰国されたので、その後は、ミュンヘン近郊にあるアウグスブルク在住のギタリスト、タケオ・サトー氏に習いました。月2回のレッスンです。

―月2回のレッスンだと、結構しっかり練習する感じになりますね。研究で成果も出さなくてはならないし、子育てにも手がかかる中で、よく続けられましたね。

それがいい息抜きになっていました。

―ミュンヘンで過ごされて、何か感覚的にも変化などはありましたか?

家の周りに緑が多く風景が美しいです。心が落ち着くといいますか。コンサートに足を運ぶ機会もありました。

―ギターの楽器にもやはり思い入れがあるかと思いますが、先生はどのような楽器を使用していらっしゃるのですか?

私は松村雅亘氏の製作されたギターを使用しています。この方はパリで修行した方で、大変素晴らしい楽器を作られています。残念ながら2014年に亡くなられました。注文してから1年とか3年とかかかるわけなのですが、ギターの場合はこういう個人製作家の楽器が尊ばれています。私の楽器は2012年製なので、晩年の作品になります。

―ギターとピアノでは、レパートリーが違いますね。ピアノだとバッハから始まって、モーツアルト、ベートーヴェン、ロマン派、近現代、という流れがありますが、ギターはどうなのでしょう。

古典としてはフェルナンド・ソルというスペインの作曲家、マテオ・カルカッシというイタリアの作曲家のものから始めるのが標準ですね。それからバッハはギターのレパートリーとして愛されています。

―スペインの作曲家もイタリアの作曲家も存じませんでした。私は武満徹の歌のギター編曲が好きで、鈴木大介さんのCDを愛聴しています。

「ギターのための12の歌」ですね。鈴木大介さんとも幸いなことに、マンドリンオーケストラでの共演をきっかけに少しお付き合いがあります。

―そうなんですか。アマチュアもプロも垣根を超えている感じなんですね。

―さて、先生のご専門は脳神経科学で、マウスを対象にしていらっしゃいますね。マウスにも聴覚があるわけですね。犬は人間より高周波が聞こえるといいますが、マウスもそうですか?

マウスも高周波が聞こえています。いわゆる超音波で会話をしています。ピアノの音とマウスの脳活動の関係などを調べてみたいのですが、静音の状態や騒音を聴かせた時との比較など、何と比べるのが良いのかという難しい問題もあります。

―本当に、人間が音楽を楽しんでいるというのはどういうことなのか、動物の聴覚との違いは何なのか、興味は尽きないですね。道具を使う猿はいても、楽器を使う猿はいないですし。先生は、ピアノ演奏の科学的研究で有名な古屋晋一先生とも交流があると伺いました。

はい、知り合いの先生を通じて紹介して頂き、当時同じキャンパスで過ごしていたことがわかりました。大変面白い研究をされていますよね。私もこれから研究で音楽の問題に取り組んでいきたいです。

―ギタリストの中でピアノも弾いているという方はとても少ないのではないかと思いますが、この二つの楽器について、先生はどのように捉えていらっしゃいますか?

どちらも弦を使いますよね。そしてどちらも音は減衰して行く。ピアノはペダルがあるけれど、ギターはそういうものがないですから、減衰するということがもっとはっきりしています。ヴァイオリンは弦楽器ですが撥弦ではなく、長時間音が減衰せずに鳴らせるという点で異なりますよね。

ーなるほど、そうですね。減衰して行くというところが、また魅力なのですね。

文系の人間からすると、漠然とした「雰囲気」とか「感じ」とか、そういったものが脳波なら脳波といった客観的な数値として示されるのは、とても興味深いです。また世界のピアニストたちにとって「Hamamatsu」というのは特別な響きを持っています。楽器の街、浜松で教鞭を執っていらっしゃる山岸先生が研究所メンバーでいらっしゃることを心強く思っています。

(聞き手・安永愛)