インタビュー「ピアノとわたし」(7)
和田善尚さん
プロフィール
静岡大学総合科学技術研究科・博士前期課程(修士)1年 情報学専攻(CSコース)。
静岡大学浜松キャンパスで活動をしている同好会「浜松ピアノサークル」の代表。
インタビュー
―今日は、ありがとうございます。和田さんは、静岡大学浜松キャンパスのピアノサークル代表を務めていらっしゃいますね。浜松キャンパス限定の新組織を立ち上げて、1年足らずのうちに部員も30名ほど集められたのですよね。
はい、かなりSNSに力を入れて広報を頑張ってきましたから。
―ピアノ・サークルの代表を務められるというのに、ピアノ歴3年だ、と伺って驚いたのですが、和田さんはどういう経緯でピアノ・サークルの代表を務められようと思われたのですか?
もともと僕は、静岡大学管弦楽団の団長を務めていたんです。ヴァイオリンを弾いていました。ピアノ・サークルの代表になったのは、その団体の経験と単純にピアノに興味があったからです。ヴァイオリンは幼稚園の頃、習い始めて、まあ親に言われるがまま弾いていて、中3まで定期的にレッスンに通い、高校の頃は、不定期で見てもらうという感じでした。バッハとかモーツアルトとかを普通に弾いていましたが、特にクラシックが好きというわけでもなかったです。中学ではテニス部所属、高校ではサイエンス部所属でした。静大に入学して、ヴァイオリンをやっていたことだし、管弦楽団に入ることにしたんです。でも、なんというか自分の力量不足で、音程を外さないように、とかそういうところまでは気をつけるけれど、表現を練るというところまではいかないといった感じでした。一方で、オーケストラでのマネジメントは頑張りました。かなりの人数を束ねなくてならないですから。それで、サークル運営の感覚は身につけていたと思います。
―ピアノを始められたのはどういうきっかけだったのですか?
大学2年生のとき、コロナで管弦楽団の夏の定期演奏会が開かれなくなってしまい、それで何となくピアノが欲しいなと思って、電子ピアノですけれど、機能のシンプルなのを買いました。まずバイエルの楽譜を見て独学でなんとかやってみました。ヴァイオリンをやっていましたから、ト音記号は大丈夫で、へ音記号は最初大変だったんですが、なんとかなりました。で、バイエルの上下巻をなんとか1年くらいで終えることができたので、今度は「ブルクミュラー」の練習曲を買いました。で、これを最初から7.8曲順番に弾いていったんですが、なんだかあんまり面白くない。ショパンやリストといったロマン派の曲は好きで、ショパンのOp.9−2の一番有名なノクターンは弾いたりしていましたが。
―ブルクミュラーとショパンのノクターンでは、ちょっとレベルの差がありそうですが。
そんなでもないです。ショパンのノクターンも左の伴奏形に慣れてしまえば。でもなんだか、ちょっとイマイチだな、思っていた、そんなある日。
―そんなある日・・・
スマホで見てたら「おすすめ」として出てきた動画がカプースチンの24のジャズ・プレリュードの23番だったんです。それも素人の方の練習動画だったんですよ。ジャズ・プレリュードは24曲入っていて、好きな曲とそうでもない曲とあったんですが、これではまってしまいまして。いきなりカプースチンの音楽が入ってきたんです。まさにビフォー・アフターで、カプースチンの音楽に出会うまでは、ピアノもせいぜい1日30分くらい。カプースチンと出会ってからは毎日1時間以上弾くようになりました。
―カプースチンっていうのは、バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン、ショパン、リスト、シューマン、ドビュッシー、ラヴェル、ラフマニノフ、プロコフィエフなど一通り弾いてからようやく出会う、とそんなイメージの作曲家なんですけれど、ブルグミュラーからほとんどポーンと飛んで出会ったっていう感じですね。
そうですね。ヴァイオリンを初めていきなりパガニーニみたいなん感じですかね。カプースチンの曲は難しいです。まず僕が弾いたのは24のプレリュードの中では比較的単純な4番なんですが、それでもめちゃくちゃ難しいです。譜面もですし、手の動きもそうです。カプースチンの曲はクラシックをベースにジャズの要素の入っている音楽で、スイング感が必要。和声をペダルで誤魔化すことはできません。僕はカプースチンの曲を全部弾きたいと思うようになって、去年の夏、ピアノの先生につきました。
―どうやって先生を探されたのですか?
まず、通える範囲ということ。それと、レッスン室にピアノが2台あること。それから、ジャズもやっている先生、という条件でした。それで出会ったのが今の先生の内海環先生なのですが、レッスン室にはスタインウェイとヤマハのグランドがあって、生徒がスタインウェイのグランドピアノを弾きます。これはなんといってもありがたい。それまで、たまに管弦楽団でピアノを弾ける人にアドバイスをもらっていたけれど、こうやって先生について、何から何まで教えていただいて、本当にありがたいです。姿勢から指の使い方から、リズムから、フレーズの歌い方から、何から何まで。本当に勉強になります。2021年秋のショパン・コンクールの配信を見たのもモチベーションを高めてくれましたね。先生につく前の年ですね。
―ご覧になったのですね。どなたの演奏がお好きでしたか?
僕は日本人の演奏を中心に聴きましたけど、反田恭平さんの「英雄ポロネーズ」沢田蒼梧さん「スケルツォ2番」、角野隼斗さんの「ピアノ・ソナタ第2番(葬送)」が良かったです。
―今、先生の元ではどんな風に学ばれてきましたか?
「カプースチンを全部弾けるようにしてください」とお願いしました。今は、カプースチンを弾くために、ハノン、バーナムやツェルニーもやっています。それからスケールも随分やりました。全調まではいかないですが、24分の14くらいですね。環先生は、何に対してもすごく肯定的です。限界を設けるということがなくて。今度の10月に、初めて僕はピアノのコンクールに出ます。「全国大学生ピアノ選手権」という今年始まったコンクールなんですが、音大以外の大学の学生が対象で、3人組で出場するんですよ。サークルの仲間と3人で出ます。僕はカプースチンのプレリュード4番を弾く予定です。コンクールで弾くというのはすごく挑戦的だと思っています。
―和田さんは、カプースチンの作品は、やはり本人による演奏がお好きですか?
そうですね。カプースチンが神だと思っていますから、それを目指します。でも、基本に忠実にきっちり弾けるようになったら、自分なりの解釈というか遊び心を入れていきたいです。例えば、もっとスイングするとか、もっとクラシックっぽく弾いてみるとか。
和田さんのカプースチンコレクション
―カプースチンというのはウクライナ出身のロシアの音楽家ですよね。作曲科の出身ですか?
いや、彼はピアノ科です。
―ロシア・ピアニズムの超絶技巧を身につけているわけですね。
そこがいいんですよね。あくまでクラシックのベースがあるところにジャズの要素が入ってきている。カプースチンの音楽は決してジャズではありません。ソ連時代は、ジャズなんて敵国の音楽なわけですよね。でもカプースチンはラジオでジャズに触れていたようですね。
―カプースチンはどのあたりから影響を受けているのでしょう?プロコフィエフとかバルトークとかでしょうか?
―リズムの強烈さが際立っているという意味で、そのあたりは大きそうですね。とにかく和田さんはカプースチンを神としている。それから昨年末(2022年)のサークル第1回の演奏会でお目にかかったもう浜松ピアノサークルのOさんはラフマニノフを神にしているよね。それからNさんはドビュッシーを神としている。自分の神はこれだ、って言える若者たちに出会えて、すごく爽やかで愉快な思いがしましたよ。
皆さんそれぞれ、崇拝する作曲家がいて良いですよね(笑)。第1回演奏会に浜松医科大ピアノ同好会メンバーが聴きにきてくださったのは嬉しかったですね。2022年の演奏会も良い広報に繋がったと思います。あとは、もう少し学生が普段弾けるピアノが充実すればよいのですが…
―確かにあの佐鳴会館のピアノでは厳しいですよね・・・・
弾いてて不快です。鍵盤はガタガタだし、ペダルを踏むと、ものすごい雑音が出るし。
―そうですよね。でも、ちょっと遠くで聞いていると、不思議と綺麗な響きも聞こえてくる。
割と音量はあるんですよね。それにしても、楽器の街・浜松にある国立大学に置いてあるのがアップライトのパカパカしかないっていうのは、なんとも。オーケストラのないウィーンみたいなもんですよ(笑)。
―どういう経緯であのピアノが納入されたのかわからないので、文句も言えないのですけれど、やっぱり残念ですよね。和田さんは、遠州楽器の見学もなさったんですね。
はい、浜松医科大学ピアノ同好会の方に誘っていただいて。ピアノの構造をしっかり見せてもらえて本当に勉強になりました。アップライトピアノとグランドピアノの構造の違いなど、初めて知りました。遠州楽器の営業部長さんが大変なピアノの腕前なんですよ。YouTubeに演奏が上がっているので是非視聴していただきたいです。
―では、和田さん、最後にこれだけは、ということがあれば。
ピアノの前で写真を撮ってもらう和田さん
ピアノを始める年齢を気にすることはない、ということです。弾きたい気持ちがあれば、いつだって間に合うよ、年齢で諦めるなんてもったいない、ということです。それから、ピアノって、コストパフォーマンスがいいんですよ。50万円で楽器を買ったとして、2回弾けば、1回25万円・・・1000回弾けば500円になるわけですよね。とにかく僕はピアノが好きなんで、乏しい自由時間をピアノに注ぎ込んでいます。このピアノの趣味をわかってくれる伴侶がいるといいですよね(笑)。ピアノって一人で完結する。完結できる。けれど、ピアノ・サークルではそれを共有する。こんな楽しいことはないですよ。ピアノ・サークルには聴くのが専門の人がいたっていい。ピアノ業界を盛り上げるためにも、ピアノとウェルビーイング研究所とも連携をとっていければと思っています。
(聞き手・安永愛)