冨田ピアノ見学

冨田ピアノ社長

冨田ピアノ社長

9月20日、浜松市の冨田ピアノを見学しました。冨田ピアノは、現社長の冨田健氏の祖父である冨田春男氏が昭和25年に創業された会社です。社長の奥様が、静岡大学人文社会科学部法学科をこの3月の卒業されたばかりとのことで、人文社会科学部法学科教員の小林道生先生より、同社についてご紹介いただき、ピアノとウェルビーイング研究所として、見学させていただくことにいたしました。

冨田ピアノは、現在、ピアノ買取・中古ピアノ・ピアノ修理を行っていますが、まずは、ピアノの巻線製造の会社として出発しました。「巻線」というのは私も初めて聞く言葉だったのですが、通常のピアノの88鍵(ベーゼンドルファーの機種には低音部を増やした91鍵、97鍵のものも存在します)のうちの低音部(自宅のピアノで調べてみたところ28鍵に対応する部分。機種により若干の相違はあり)のそれぞれのハンマーが当たる部分の弦のことを言います。低音部の弦は、一見すると直線に見えますが、よく眺めてみると銅線が細かく巻かれて出来上がっていることがわかります。この低音部の弦を巻線と言います。巻線の長さは、それぞれのピアノのメーカー、型番、どの鍵盤に対応する弦なのかに応じてミリ単位で変わります。奥行きの狭いピアノでは、巻線は相対的に太くなります。

巻き線を巻く富田社長

巻き線を巻く富田社長(写真:富田ピアノ)

冨田ピアノは、この巻線製造の会社として出発し、Pastoralという名称のピアノ製造も手掛けていました。現在ではPastoralピアノの製造は行っておらず、中古のピアノの買い取り、修理販売を中心としています。同社のアイデンティティである巻線製造は現在も行っています。大手メーカーでは巻線の製造は完全に機械化されているそうですが、同社では人の手を介して製造しています。高速で回転する器具に芯となる線をつなぎ、巻きつける銅線を手でコントロールしながら巻線を完成させていくのですが、人の手を介した巻線の弦により美しい音が得られるのだそうです。冨田社長自ら、この技術を披露してくださいましたが、常に一定した品質を維持するには、かなりの熟練が必要なのだろうと想像されました。この技術を習得し、実際に現在巻線制作に当たっているのは、社員の中でもわずか3名とのことでした。冨田ピアノで製造された巻線は、国内外の様々なブランドのピアノに使用されています。

冨田ピアノには、浜松医科大学の山岸覚教員、静岡大学教育学部ピアノ専攻の服部慶子教員、浜松ピアノサークル代表の和田善尚さんと見学しました。冨田社長は、午後からの仕事を控えてお忙しい中、私どもに対応くださいました。同社の取引の現状は「8割が海外、そのうちの8割が中国」とのこと。少子化や電子ピアノへの移行で、国内のピアノ販売が厳しい状況であるのは想像されましたが、ここまで海外シフトが進んでいるのは驚きでした。海外への広報に力を入れていらっしゃるのかと思いきや、そうした特別なことはされているわけでないそうで、ホームページに英語版を設けており、連絡はそちらを介して来ることが多いそうです。中国は今、ピアノが飛ぶように売れた高度成長期の日本に似たような状況で、情操教育の一環として子供にピアノを習わせようとする親が多いそうです。中国では2015年に一人っ子政策が廃止されましたが、一人っ子政策の影響は残っています。一人っ子政策下の子供は、両親・父方母方両方の祖父母の六人からの愛情を一身に受け、物質的にも精神的にも恵まれて育つため、そうした子供たちを指す「小皇帝」との言葉も生まれたほどでしたが、子供一人にかける費用が多い傾向はやはり残っているのでしょう。中国の農村部はまだその経済力に達していませんが、中国の都市部での子供のためのピアノへの需要は非常に高いのです。その際、新品を購入するのではなく、中古の日本のピアノという選択は確かにリーズナブルであると考えられます。

お茶を飲みながらお話を伺った部屋から2階に上がりますと、そこには、夥しい数のピアノが所狭しと並べられていました。調整や修理を待つピアノ、国内輸送や輸出を待つピアノです。

2階にある沢山のピアノ

2階にある沢山のピアノ

これだけのピアノが置かれていて建物が崩落しないのが不思議なくらいでしたが、冨田社長によれば、ピアノの重量は単位面積あたりでいうとさほどではなく、機械や重機の方がよほど重いとのことでした。それにしても、これだけのピアノが再生されて、新たな場所で音を奏で始めると考えると、大変感慨深いものがあります。

工場では、何人もの工員の方々が、細かな作業に従事されていました。かなり高齢の方もいらっしゃり、「疲れませんか」とついお尋ねしてしまいましたが「慣れていますから」とにこやかにおっしゃっていました。

冨田ピアノに置かれているベーゼンドルファー225

冨田ピアノに置かれているベーゼンドルファー225

工場を見て回った後、冨田社長は、お茶をいただいたテーブルの奥に置かれていたベーゼンドルファーの試弾を勧めてくださいました。奥行き225センチで、通常のピアノより低音部が3鍵多い機種で、3鍵分は、白鍵と黒鍵が反転しています。現代曲の中に極めて稀に、88鍵のピアノに収まらない低音が使用されることがあリますが、そうした使用を想定してというより、低音部の弦が存在することで、ピアノの全体的な響きが豊かになる効果を狙い91鍵のピアノは設計されているとのことです。服部慶子教員は、伊福部昭など日本近代の作曲家の作品を。和田善尚さんはカプースチンを、私はショパンの「舟歌」冒頭部を弾きました。素晴らしいピアノなのですが、なんとも畏れ多く、初めて弾く分には、なかなかその楽器の持つパワーを活かしきれない感じがしました。冨田ピアノのホームページによれば価格は1300万円。このピアノを囲んで、冨田社長よるベーゼンドルファーのピアノの魅力についてのレクチャーもあるコンサートが予定されているとのことでした。

最後は、記念撮影しました。驚きに満ちた冨田ピアノ見学でした。ご協力に感謝です。

冨田ピアノ記念撮影

冨田ピアノ記念撮影

見学を終えて:研究所メンバーの感想

服部慶子

ピアノの巻き線を手作業で行っている、冨田ピアノを見学してきました。巻くテンション等により音色が変化するという話を聞きながら、社長自ら巻くところを拝見し、ものづくりの視点からピアノの魅力を確認できた一日でした。さすが「楽器の街」浜松です。貴重な体験をさせていただきました。

(文・安永 愛)