第24回「ぴあの好きの集い」(於;旧東京音楽学校奏楽堂)
お盆明けの8月19日、上野の旧東京音楽学校奏楽堂(通称:旧奏楽堂)での「ぴあの好きの集い」を聴きに行って参りました。旧奏楽堂は、ピアノとウェルビーイング研究所メンバーでもある東京大学の佐久間哲哉先生(環境音響学専攻)が改修にも関わられたホールであり、「ぴあの好きの集い」では、佐久間先生ほか、大学時代の懐かしいサークルの後輩たちが何人か演奏するとあって、大変楽しみに出かけました。
上野旧奏楽堂
第24回とありますが「ぴあの好きの集い」は、東大ピアノの会のメンバーであった大和誉典さんが、卒業後も演奏できる機会を求めて25年前に隔年開催のつもりで始めたところ、メンバーの弾きたい熱意に応えて年1回の開催になり、休むことなく存続してきたそうです。東大ピアノの会OBを中心に、そのほかのピアノ好きな社会人が加わり、毎回20数名が舞台に立っているとのこと。
東京芸大の旧ではない奏楽堂には足を運んだことがあったのですが、旧奏楽堂は、今回初めてでした。上野の駅を降りて、上野公園内をしばらく歩いていくことになります。炎天下ではありましたが、車を気にすることなく、美術館なり、動物園なりを楽しみにやってきている行楽客を眺めつつ、緑の中を歩いていくのはやはり良いものです。どんなに散文的な日々が続いていようとも、上野に来れば、綿々と続く芸術の実在を感じることができます。美術館と博物館だけでなく、動物園もあって子供たちの声も結構聞こえるところがまた上野の良さだと思います。上野公園に来るたび、この伸びやかさがずっと続いてほしい、といつも感じます。
旧奏楽堂の客席は310席。クラッシックかつアンティームな雰囲気な空間で、ホールというよりサロンというのが相応しいような舞台との一体感があり、スタインウェイの響きがくっきりとダイレクトに届いてきます。無料のコンサートですが、充実したプログラムノートが用意されていて、それぞれの奏者が曲目紹介や、演奏者としてのメッセージを綴っています。回りを見渡すと、どうやら、演奏者と直接の知り合いというわけではない一般客も多々いらっしゃるようでした。台東区の区報にも演奏会の案内が掲載されているとのことで、もはや上野の風物詩になっているのかも知れません。毎年のコンサートを楽しみにしていらっしゃる方が結構いらっしゃるようにお見受けしました。
社会人になってもピアノを人前で弾き続けるのは、かなりの条件が揃わなくてはなりません。まずは、ピアノへの熱意。そして、仕事と両立するだけのキャパシティ。舞台にのぼった方々はその両方を備えた方ばかりで、ただただ脱帽でした。四半世紀に渡って、毎年舞台に立ち続ける、その蓄積は生半可なものではありません。学生時代に相当な熱意でピアノに取り組んでいた(あくまで素人独学ピアノですが)つもりの自分も、仕事やら子育てやらで、舞台をコンスタントに踏むということはできなかった二十年ほどでした。
出演者の選曲は、オーソドックスなものもあれば、私も初めて聴く曲もありました。選曲自体に、音楽との付き合いの深さを感じさせられます。今回の演奏会をご案内くださった佐久間先生は、リストの「バラード2番」を弾かれました。なんとなくリストのロ短調ソナタの雰囲気に相通じるところがあると感じていたのですが、作曲時期が重なっていたということを、この度知りました。佐久間先生は、15分ほどかかる重厚なこの曲を、安定感あるタッチで見事に弾き通されました。音空間の広がりの感じられる演奏でした。メンデルスゾーンの『無言歌集』の「エレジー」とショパンの「幻想曲」をロマン派の王道をゆく濃やかな抒情性で弾かれた吾妻壮さん。坂本龍一が最後にリリースしたピアノ曲から、この上なく清澄かつ哀切なピースを選んで弾かれた宮尾幹成さん。アマチュア・ピアノコンクールで優勝されるも、その後、右手のジストニア発症により、左手での演奏に取り組まれ、バッハのBWV542の幻想曲とショパンのエチュードの編曲を披露してくださった大和誉和さん。リストの交響詩「オルフェウス」のピアノ編曲をご自分で準備された戸塚裕之さん。マルモンテルという初めて聞く作曲家のポロネーズ第3番を弾かれた清水弘紀さん。やはり初めて聞く作曲家クリフトバル・ハルフテルのソナタなどを弾かれた不破友芝さん。複雑なテクスチャーの編曲に挑まれた辻恭介さん、辻陽介さん。いずれも懐かしき後輩たちですが、私の知らない音楽の深みへ沈潜されていて、ただただ敬服の思いです。
演奏会では、東日本大震災の被害者への募金のカンパがなされていたのですが、生憎千円札を持ち合わせておらず(カード支払いが増え、1000円札は大抵愚息達への軍資金として消えていく)、小銭もケチにすぎ、1万円札というのも少し憚られ、カンパをサボってしまったのは痛恨事。
ピアノを一生の友とされている方々の、柔らかな表情が印象に残った演奏会でした。
(文・安永 愛)