ピティナ・コンペティション特級2次
ピアノの指導をいただいている佐藤祐子先生よりピティナ・コンペティション特級2次についてお伺いし、猛暑の中、J:Com浦安音楽ホールにて、29日午後の部を拝聴しました。
ピティナ・コンペティションとは、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)の主催するピアノコンクールで、同協会のホームページによれば「1. ピアノ学習者およびピアノ指導者の学習・研究の一つの目標となること。2. 国際感覚を持った指導法の研鑽。3. 優れた音楽的才能の発掘・育成。4. ピアノ教育レベルの地域間格差解消、全国的な音楽文化の普及と向上」を趣旨としています。同コンペティションには、様々なグレードや種別が設定されており、参加者は予選から全国大会までのべ45000組(連弾含む)に上るとののこと。
ピティナ・コンペティション特級2次のWebページ
特級は、同コンペティションの最上級のグレードに当たり、年齢制限もなく、国内のコンクールの中でも、重要な位置を占めています。海外の主要ピアノ・コンクールと、レベルや課題曲準備の負荷において引けを取らない本格的なコンクールです。特級のグランプリ受賞者には、2005年のショパン・国際ピアノコンクール4位に入賞した関本昌平(2003年度グランプリ)、「かてぃん」こと角野隼斗(2018年度グランプリ)、2022年のヴァン・クライバーン国際コンクール覇者となった亀井聖矢(2019年度)などがいます。
私は、ピティナ・コンペティションの中のグラン・ミューズ(音楽を職業としない人を対象とした部門)のファイナルを銀座の王子ホールで2019年夏に拝聴したことがありますが、特級を会場で拝聴するのは初めてでした。
この特級2次については、直前に伺い、思い切って行ってみることにした(実は、別の重要なイベントが重なっていることを失念してしまっていた)のですが、学期末で仕事が立て込んでいたこともあり、出かける当初は最後まで聴くか迷っていたのですが、結局、コンテスタントたちの真剣さ、彼らの目指す音楽性の素晴らしさに感銘を受け、最後まで会場にいることとなりました。
第47回に当たる2023年のピティナ特級のコンクールの出場者は103名。第2次予選に進出したのは26名。このラウンドでは、25分から35分のリサイタルを行います。必ず、ショパンのエチュードから1曲を必ず弾かなくてはなりません。第1次予選、第2次予選、第3次予選を通じて、バロック、ロマン、近現代スタイルを弾かなければならないことになっています。第1次予選で、ハイドンかモーツァルトかベートヴェンのソナタを弾くことを求められていますので、特級に出場するためには、バロック・古典・ロマン・近現代のそれぞれのスタイルを体得していなければならないというわけです。ファイナルは、サントリーホールでの協奏曲の演奏で、ファイナルのチケットはS席は9000円もしますが、毎年早々と完売してしまうそうです。
29日の午後を通して9名の演奏を聴きましたが、ミスタッチはごく稀で、技術の高さを窺わせました。ショパンのエチュードに関しても、Op. 25-6など、指の独立性と脱力ができていなければ弾けない難曲を選ぶ人が3名もいました。しかし、これだけ選ぶ人が多くては、難曲を取り上げたからといって、簡単に加点がもらえるわけではないのかもしれません。技術の高さを強調しましたが、コンテスタントたちは、作曲家の意図を深く読み込み、音楽の情動を自分のものとしていて、皆、それぞれに音楽家スピリットを感じさせてくれました。技術的に完璧なだけの無味乾燥な演奏は皆無でした。演奏の方向性に違和感の残ったコンテスタントは2名ほどいたのですが、他は、基本的に好意的に聴くことができました。自分はプロのピアノ演奏に対しても、かなり意地悪なリスナーでもあることを自覚していますので、第2次予選で違和感が残る演奏がこれだけ少なかったというのは、やはり大したことだと思っています。
ヤナーチェクの「霧の中で」を、小動物が隠れている森を思わせるような奥深く痛切なテクスチャーで紡いだ斎藤陽花さん、スクリャービンのソナタ4番やラフマニノフの「音の絵」8番を、艶やかに、また切なさと共に歌い上げた山田ありあさん、切れ味の良いハイドンのソナタ54番、流麗なショパンの「舟歌」、ストラヴィンスキー作曲アゴスティ編曲の祝祭的な「火の鳥」で魅了した小野田有紗さんが印象に残りました。
(後日談:総合的に見て、29日午後の部のトップは小野田有紗さんだと思いました。しかし、彼女は第3次予選に進んだものの、ファイナルには進めませんでした。ファイナルに進んだ3名はいずれも、私の行った29日ではなく30日に2次予選の演奏をした人でした。2023年のグランプリは、ドイツの古典派を得意とし、ベートーヴェンの4番のコンチェルトを弾いた鈴木愛実さんに授与されました。配信だけでは分かりにくいのですが、ファイナルを会場で聞いた佐藤祐子先生によれば、彼女の音はオーケストラに伍して本当によく鳴っていたのだそうです。小柄で手も小さく、レパートリーに制約があるかもしれないのですが、並々ならぬ音楽への意志、表層的に流れることのない深い音楽性を感じさせる楽しみな演奏家だと感じています。)
(文・安永 愛)