奏×装 音とロダンと装いと

11月5日、静岡県立美術館ロダン館にて、コンサート「奏×装 音とロダンと装いと」が開催されました。1994年に開館した静岡県立美術館は、ロダンの作品だけを集めたロダン館を有しており、ロダンの誕生日(11月12日)と命日(11月17日)、文化の日にちなんで「ロダンウィーク」を実施しています。期間中はロダン館と収蔵品展が無料となり、さまざまなイベントが開催されます。このコンサートは「ロダンウィーク」イベントの一環です。

本研究所メンバーで教育学部音楽専攻教員の後藤友香理先生は、2014年から毎年、このロダンウィークに、ロダン館での趣向を凝らしたコンサートを開催されてきました。今年は、ヴァイオリニストで「演奏家の目からみた、演奏家のためのドレス」をコンセプトとしたファッション・ブランドPanormo(使用楽器の名とのこと)を立ち上げたデザイナーでもある花井悠希さんとのピアノとヴァイオリンでのデュオ・コンサートです。

プログラム

プログラム

音楽とファッションをテーマとしたコンサートというのは、クラシック界にあっては、極めて珍しい企画です。「アイデアウーマン」(長谷川慶岳先生の言)後藤先生の面目躍如です。私はコンサート開始30分前にロダン館に到着しましたが、すでにお客さんが何人も待機していました。ロダン館最大の彫刻作品「地獄の門」の前に、ピアノと花井さんデザインの洋服を纏ったトルソーが置かれていて、その斬新な組み合わせに開始前からワクワクしてきました。コンサートには、親子連れもちらほら。椅子の置かれたエリアだけでなく、2階部分の階段状になっている部分にまでお客が詰めかけていました。

どこかフェルメールの描く少女を彷彿させるような上品な顔立ちの後藤先生、読者モデルを務めたこともあるというスラリとした花井さんが登場すると、華やかな雰囲気に包まれました。お二人は、デザイン違いながら、同じモチーフの入った花井さんデザインのドレスを纏っておられました。パニエの入ったドレスではなく、演奏の際の動きに沿って軽やかに揺れるドレスでした。ピアニスト、バイオリニスト、それぞれの動き自体がやはり目に楽しいのです。

演奏は、クライスラーの曲から始まりました。クライスラーといえば、「愛の悲しみ」や「愛の喜び」が有名ですが、冒頭で弾かれたのは、バッハにも通じる厳粛さを持った「前奏曲とアレグロ」そして、ガラッと変わってお茶目な「シンコペーション」。クライスラー自身が卓越したバイオリニストでしたから、二曲ともバイオリンの音の魅力が存分に生かされています。お二人の息もぴったりでした。そのあと、後藤先生がラフマニノフ編曲のクライスラー「愛の悲しみ」という大変な難曲を、全く難曲と感じさせずに演奏されて、アマチュアピアニストの私は、とにかく感嘆いたしました。アマチュアの方々の苦しい演奏を散々聞いてきましたから(笑)。

後藤先生の「愛の悲しみ」、そして花井さんのトークを挟み、お二人が黒の衣装で揃うと、ヴィラ=ロボスの「黒鳥の踊り」が披露されました。やはり、この曲は、カラードレスよりも「黒」の引き締まった衣装が似つかわしいです。そして、イタリア映画「エンリコ4世」の音楽であるピアソラの「アヴェ・マリア」。美しく穏やかなメロディーに、時にドラマチックな影が射します。もう一曲ピアソラ作品で「ナイトクラブ1960」(「タンゴの歴史」より)。手厳しいリズムと哀愁とが交錯する気高く熟成した音楽です。そして、ピアノでドビュッシー「月の光」、ヴァイオリンでマスネの「タイルの瞑想曲」とお馴染みのもソロ曲の演奏のあと、お召し替えされたお二人が(1時間ほどの短いコンサートでお召し替えは2回!早業です)サン・サーンスの「死の舞踏」で締め括られました。光沢のある金茶色の軽やかな衣装に身を包まれたお二人の演奏は、死のおどろおどろしさよりも、ダイナミックな爽快感さえも孕んだもので、会場は高揚感に満たされていました。

アンコールで弾かれたのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第2楽章の編曲でした。冒頭のフルートやオーボエのメロディー、それに続くピアノのユニゾンによるメロディーがヴァイオリンで奏でられるという目から鱗の編曲、これがなかなか良かったです。ラフマニノフの真髄である「歌」がダイレクトに聞こえてきて、心揺さぶられました。今年は、ラフマニノフ生誕150年に当たりますが、このような選曲をなさるお二人のセンスにも感じ入りました。

演奏が終わると、後藤先生と花井さんは、何人もの聴衆に囲まれていました。トルソーにかかった洋服について花井さんに色々尋ねる方もいらっしゃいました。本当に演奏者との距離も近く、演奏者も聴衆の皆さんも心から音楽を楽しんでいるのが伝わってくるコンサートでした。ロダン館のコンサートはすっかり市民の皆さんに定着しているようです。

(左)「コンサート終演後の様子」(お揃いの記事の衣装のお二人。左が後藤先生)(右)「ドレスについて説明する花井さん」

(左)「ドレスについて説明する花井さん」 (右)「コンサート終演後の様子」(お揃いの衣装のお二人。左が後藤先生)

(文・安永 愛)