河合楽器製作所竜洋工場見学

本研究所メンバーである株式会社河合楽器製作所の川岡奈緒実さんより「コロナ禍で中止していた河合楽器竜洋工場の見学を再開しました」とのお知らせをいただいたのが6月頃。人気が高く、見学の枠はあっという間に埋まってしまう竜洋工場ですが、大学の休みも終わりに近づいた9月下旬、ついに研究所メンバーで待望の見学を行うことができました。

カワイ竜洋工場は、浜松駅から車で30分ほど。浜松市の隣の磐田市にあります。カワイ竜洋工場は、およそ「工場」というドライな語感には似合わない、美しい緑に囲まれた風光明媚と言って良い場所でした。ここで、ピアノ製造とピアノ製造に関する研究が行われているのです。

私たちは、工場の東門から入場しました。この門から見える工場敷地が実に整然としています。4車線は取れそうな幅広い道路の右手には、悠然と葉を広げる蘇鉄の並木が続いています。

河合工場入り口からの眺め

河合工場入り口からの眺め

東門で車から降りると、河合楽器に長く勤務され、ピアノ業界の歴史にお詳しいピアノ事業部Shigeru Kawaiピアノ研究所主監の三浦広彦さんがお出迎えくださいました。最初に見えてきた建物は「カワイピアノ歴史資料室」でした。

カワイピアノ歴史資料室入り口

カワイピアノ歴史資料室入り口

この部屋では、ピアノの原型となったクラヴィコードからハープシコード、フォルテピアノ、モダンピアノへとつながる道筋が歴史を追って展示されています。それぞれ大変貴重なまたフラジャイルな楽器だと思われましたが、三浦さんからのレクチャーの始まるまで、弾いて待っていて良いとおっしゃって下さいました。資料室奥に置かれたスクリーンを見ると、そこには我々見学者の名前が一人一人記されていました。

ピアノの歴史についてのプレゼンテーション

ピアノの歴史についてのプレゼンテーション

河合楽器 三浦さん

河合楽器 三浦さん

三浦さんは、スクリーンに映写しながら、ピアノの歴史と河合楽器の歴史について、実にわかりやすく語って下さいました。浜松名物の鰻とピアノの歴史をシンクロさせてのお話もありました。河合楽器を創業した職人肌の完璧主義者・河合小市、やはり妥協なくピアノの音の美を追求した二代目社長の河合滋。それぞれの人柄の偲ばれるエピソードを語って下さいました。

竜洋工場が竣工したのは1980年。その年は、国内でのピアノの販売台数が年間30万台に及び、国内のピアノ需要のピークの年に当たるとのこと。その後、国内での販売台数は減少していくものの、更なるピアノの品質の向上によって、河合は、世界ピアノ製造業、シェア第2位の位置を占め続けていくことになります。

クラヴィコード

クラヴィコード

レクチャーを終えた後、三浦さんは、ハープクラヴィコード、ハープシコード、フォルテピアノと、順に自ら演奏しながら、歴史的楽器を紹介して下さいました。

クラヴィコードは、鍵盤を抑えて振動させることにより、ビブラートをかけることができます。音もギターを思わせるような響きです。

(左)ハープシコード(イタリアンタイプ) (右)ハープシコード(フレンチ 二段鍵盤)について説明する三浦さん

(左)ハープシコード(イタリアンタイプ) (右)ハープシコード(フレンチ 二段鍵盤)について説明する三浦さん

モーツァルトからベートーヴェン初期の時代を代表するワルターのピアノ・フォルテで、ピアノ・ソナタ「月光」の楽譜に示されている通りペダルを踏みっぱなしにして1楽章の冒頭を弾いてみましたが、確かに、音が濁ることもなく、それでいて渺々たる響きが得られたように感じられました。モダン・ピアノで楽譜通りにペダルを踏みっぱなしにしては、どうしようもないことになってしまうはずですが、やはりフォルテ・ピアノとモダン・ピアノとでは音に決定的な違いがあるようです。フォルテ・ピアノはモダン・ピアノのパワーには敵いませんが、清楚な音の魅力があるように感じました。

(左)カワイグランドピアノ第1号 (右)初期のカワイピアノ

(左)カワイグランドピアノ第1号 (右)初期のカワイピアノ

(左)クリスタルピアノ (右) 1948年頃、戦後の資材不足の中、技術を尽くして製作されたミニピアノ

(左)クリスタルピアノ (右) 1948年頃、戦後の資材不足の中、技術を尽くして製作されたミニピアノ

歴史資料室を後にして、工場に向かいました。ピアノの弦を張る過程、塗装の過程など、実に細かで数えきれないほど複雑な過程を経てピアノが出来上がっていく様子を垣間見ることができました。工場の入り口に技師の名前が50名分ほど掲げられていましたが、竜洋工場の従業員はスタッフも含め500名ほどとのことでした。倦まず弛まず続けられる地道な作業によって、あの美しく華麗なカワイサウンドが出来上がっていくのかと思うと、何か不思議な気持ちもしました。また、こうした気の遠くなるような工程を経てまで、美しい音を欲する人間=人類というのも、なかなか天晴れなものだな、とも感じました。

最後の30分は、Shigeru Kawi SK―EX(フルコンサートグランド)が2台置かれている部屋に通されました。寛大にもご自由にお弾き下さいとのこと。和田さんはカプースチンを。山岸先生はバッハを、私は、ベートーヴェンやショパンの断片、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の冒頭などを弾いて、その響き、タッチを大いに楽しみました。

(左)美しいShigeru Kawaiの内部 (右)Shigeru Kawaiを弾く和田さん

(左)美しいShigeru Kawaiの内部 (右)Shigeru Kawaiを弾く和田さん

(左)Shigeru Kawaiを弾く山岸先生 (右)Shigeru Kawaiを弾く安永

(左)Shigeru Kawaiを弾く山岸先生 (右)Shigeru Kawaiを弾く安永

川岡さんが、最後に ヘンデル作曲の「シャコンヌ」 HWV435を弾いて下さいました。ピアノ・コンクールにもコンスタントに挑戦され、数々の受賞歴のある川岡さん。高度な音のコントロール力で、実に端正なヘンデルを聴かせて下さいました。

Shigeru Kawaiを弾く川岡さん

Shigeru Kawaiを弾く川岡さん

帰り際、Kawaiの銘の入ったハンマーのキーホルダーをいただきました。また、三浦さんはご自身の音楽論の小冊子を2冊、お渡し下さいました。歴史資料室にて、それぞれの鍵盤楽器でバロックの断片を弾いてくださった際に、音楽を専門にされている方では、と思ったのでしたが、冊子を拝読し、音楽家のご両親のもとに生まれ、ピアノ演奏、特に歌曲の伴奏を深めてこられた方と知りました。

社員の方々の音楽への愛、地道で妥協のないピアノ作りの真髄に触れることのできた至福の時間でした。河合の皆様に感謝いたします。

河合竜洋工場見学記念写真

河合竜洋工場見学記念写真

(文・安永 愛)